50歳代 ランニング日記

ランニング日記、50歳代。自己記録(20代)、1500m.3分55秒、5000m.14分43秒マラソンではなくもうちょっと短い距離を走る

自律神経失調症 発症から回復まで

2020年4月1日に今の職場に異動。

就職してから工事関係の仕事が28年間と長く携わっていたが、現職は、将来計画やイベント立案といった全然違った毛色の職場であった。

当初の一年は上司の厳しい指導をうけながら頑張っていたが、なかなか仕事をこなす事ができない。係長という身分でもあったが部下の能力に頼る毎日。

異変があったのが2021年5月ころ。

毎日のランニングが億劫になってきたのだ。

平日は大体40.50分は走っていたが

今日は25分でいいやとか。

そして5月20日、突然朝起きた瞬間、

何もやる気が起きない、会社にも行けないという状態に。会社に行けないイコール辞めるしかない。辞めたら楽になると思いその旨、上司に電話したところ、衝動的な自分の行動に対してしばらく休みよう、心療内科に行ってみたら?

との助言があった。

その時は、辞める事しか頭になく、現金が必要になると思い投資信託等全部解約。

今思えばもったいない。

その次の日、なんとなく行ってみた心療内科

先生が言うには、自律神経失調症との診断。

まさか!とは思ったが1か月を休みとの診断書をもらい。職場に提出。

そこから、朝と夕食後に薬を服用。

朝薬を飲むと眠くなり気分も憂鬱。

午前中午後は身体をなるべく動かすよう先生から指示を受けた。

午前中は自転車、午後は散歩とジョギングする毎日。

平日に自転車でぶらぶらしてると、みんな仕事してるのに俺は何をやってるのだろう?とますます憂鬱な気分になってきた。

それは薬のせいだと思い、3日くらいで薬を飲むのを辞めたら、先生にマヂ目にやってください。と言われてマジ目に薬を飲んだ。

休んで3週間、職場からはそろそろ1か月だから復帰したら?との電話があり、先生に相談したところ、まだ速いんじゃない?とのこと。

たしかに職場復帰を考えると顔がピクピクする。休んで2か月くらい経ったあたりからなんとなく復帰出来そうな気がしてきたのと、仕事がある事は幸せなことだと考えるようになった。

上司からもあんまり長く休むと復帰に時間かかるから早くきたら!と言われて、8月30日に復帰。1か月の職場復帰訓練を経て9月29日より完全復帰。

今は復帰して4か月が経とうとしているが無事に出勤できている。

しかし、頭の回転とか記憶力は全然まだまだと自分では感じている、

 

今思うと本当に病気だったのかどうかはわからないが、金曜日の夜とか土日休んだら月曜日から仕事だと思い憂鬱だったり、

土日の休みでも常に仕事のことが頭から離れず憂鬱だったり、かなりストレスが溜まった状態であった。

 

未だ週に一回は通院しており安定した状態である。

アルコールについては休職期間は1か月くらい辞めてたが、ちょっとならと思い、1日ビール2本飲んでいた。3か月に一回通院してる内科医の先生に、自立神経失調症で心療内科に行ってること、毎日ビール2本に酒を減らしたことを告げたところ、

ビールについては心療内科の先生に相談して!

と言われて、相談したら、

今飲んでいる薬より、アルコールはかなり強い。アルコールはその時は気持ちいいが、眠りの湿度が悪くなる。アルコールいらない。

と告げられ、今のところ2週間断酒に成功。

ノンアルコールビール、炭酸水てなんとかごまかす。

そう言えば、内科医の先生曰く、

少量のお酒で長生きすると言うのは過去の話しで今は飲まない方が長生きとのこと。アルコールによる事故がどうとか言ってた。

 

パワハラ研修の講師もストレス解消でよくないのは

アルコール

ショッピング

と、言ってた。常習性があるからだと。

とりあえずは完治ではなく寛容じゃない、寛解するまではアルコールは口にしない。

絶対とは言えないが。

 

 

ていぎ 【定義】

ていぎ
【定義】
   ある概念内容・語義や処理手続をはっきりと定めること。それを述べたもの

 

【概念】

思考において把握される、物事の「何たるか」という部分。抽象的かつ普遍的に捉えられた、そのものが示す性質。対象を総括して概括した内容。 あるいは、物事についての大まかな知識や理解。


【語義】

その言葉の意義。語意。


 
 

 

 

1メートルの定義とは?チコちゃん1月21日放送

そもそも長さの単位は18世紀までインチ、ヤード、フィート、尺など国によってバラバラ

18世紀に世界で統一された極めて正確な基準を作ろうというプロジェクトが始動。

その中心人物となったフランス人が、

シャルル・モーリス・ド・タレーラン・ペリゴール

彼の号令のもとでフランスの科学者たちは「北極点からパリを通って赤道までの子午線の長さ」を基にして新しい長さの単位を策定する

 

プロジェクトはフランスの北部ダンケルクから南下するチームと、南のスペイン・バルセロナから北上するチームの2チームを結成する事からスタート。

ダンケルクバルセロナの緯度の差は約10度で、北極点から赤道までの緯度の差はちょうど90度になるのでダンケルクからバルセロナまでの距離を測ってそれを9倍すれば北極点から赤道までの距離が求められる

これが行われたのはフランス革命中という事もあって、南下チームは反政府軍に間違われたり、北上チームは国境で足止めを喰らったりとトラブル続出。測量に費やした歳月は約7年。

1798年ダンケルク-バルセロナ間の距離が明らかになった事で、北極点から赤道までの距離(=地球の円周4分の1の距離)が当時のフランスの単位で513万740トワーズと判明。

これを1000万分の1にした長さを正式に1mに定めた。

「男性が両手を広げた半分の長さ」が用いられたりしていたので、これがちょうど良かったという事もあってそれに合わせる為に1000万分の1という割り方を採用したとか。

この1mが決まった事で、面積、体積、その体積に収まる水の量、水の量を1000分の1にしたものが重さ1kgと色んな基準が誕生。

1mを定めたフランスは1799年にプラチナ製のメートル原器を作り、これを長さの基準に決定。

その後は材料を白金イリジウム合金に変更するなどして30本のメートル原器を作成。

して1889年にそのうちの1本を「国際メートル原器」と制定。

作った30本は3本はパリで預かり、残りの27本は世界各国に配布して長さの基準に。

ところがせっかく決まったメートルですが、一つ大きな問題点が。

単位の基準は「絶対に変わってはいけないもの」ですが、物として存在する以上は衝撃によって欠けてしまったり、年月を経ると伸び縮みしたり。

そこでこれに対応すべく19世紀末に「物ではなく絶対に変わらない基準」に変更する事に。

そこで注目されたのが電磁波。

物質を構成する原子から出る電磁波の波長はそれぞれ固有である事が分かったので、ある物質の原子から出ている電磁波を選んでその一つの波長の何倍がメートル原器の長さに相当するのか?を測って新基準とする事に。

選ばれたのはクリプトン86という原子から出る波がキレイで計測しやすい電磁波。

こうして1960年にはクリプトン86の波長を165万763.73倍した長さを1mに決定。

ただこの波長を基準にするのにも問題点があり、例えば物の長さを測る際には目盛りのどの位置から測り出すのか?という基準は曖昧で正確ではない。

れが波長の長さにも同様で、波長線の細さは約1000億分の1mm程度。最大1000億分の2ミリのずれができる。

ほんの少しのズレも許されないのでやはりこれも絶対的な数値とは言えず20世紀に入って最終的にたどり着いたのが光。

アインシュタインが提唱した相対性理論の「光は誰から見ても一定の速度で進む」という性質を使うのが間違いないという結論に。

そこで導き出されたのが2億9979万2458分の1秒。

1983年の制定なので割と最近。

結果どして

1mの定義

1mは2億997

そもそも長さの単位は18世紀までインチ、ヤード、フィート、尺など国によってバラバラ

18世紀に世界で統一された極めて正確な基準を作ろうというプロジェクトが始動。

その中心人物となったフランス人が、

シャルル・モーリス・ド・タレーラン・ペリゴール

彼の号令のもとでフランスの科学者たちは「北極点からパリを通って赤道までの子午線の長さ」を基にして新しい長さの単位を策定する

 

プロジェクトはフランスの北部ダンケルクから南下するチームと、南のスペイン・バルセロナから北上するチームの2チームを結成する事からスタート。

ダンケルクバルセロナの緯度の差は約10度で、北極点から赤道までの緯度の差はちょうど90度になるのでダンケルクからバルセロナまでの距離を測ってそれを9倍すれば北極点から赤道までの距離が求められる

これが行われたのはフランス革命中という事もあって、南下チームは反政府軍に間違われたり、北上チームは国境で足止めを喰らったりとトラブル続出。測量に費やした歳月は約7年。

1798年ダンケルク-バルセロナ間の距離が明らかになった事で、北極点から赤道までの距離(=地球の円周4分の1の距離)が当時のフランスの単位で513万740トワーズと判明。

これを1000万分の1にした長さを正式に1mに定めた。

「男性が両手を広げた半分の長さ」が用いられたりしていたので、これがちょうど良かったという事もあってそれに合わせる為に1000万分の1という割り方を採用したとか。

この1mが決まった事で、面積、体積、その体積に収まる水の量、水の量を1000分の1にしたものが重さ1kgと色んな基準が誕生。

1mを定めたフランスは1799年にプラチナ製のメートル原器を作り、これを長さの基準に決定。

その後は材料を白金イリジウム合金に変更するなどして30本のメートル原器を作成。

して1889年にそのうちの1本を「国際メートル原器」と制定。

作った30本は3本はパリで預かり、残りの27本は世界各国に配布して長さの基準に。

ところがせっかく決まったメートルですが、一つ大きな問題点が。

単位の基準は「絶対に変わってはいけないもの」ですが、物として存在する以上は衝撃によって欠けてしまったり、年月を経ると伸び縮みしたり。

そこでこれに対応すべく19世紀末に「物ではなく絶対に変わらない基準」に変更する事に。

そこで注目されたのが電磁波。

物質を構成する原子から出る電磁波の波長はそれぞれ固有である事が分かったので、ある物質の原子から出ている電磁波を選んでその一つの波長の何倍がメートル原器の長さに相当するのか?を測って新基準とする事に。

選ばれたのはクリプトン86という原子から出る波がキレイで計測しやすい電磁波。

こうして1960年にはクリプトン86の波長を165万763.73倍した長さを1mに決定。

ただこの波長を基準にするのにも問題点があり、例えば物の長さを測る際には目盛りのどの位置から測り出すのか?という基準は曖昧で正確ではない。

れが波長の長さにも同様で、波長線の細さは約1000億分の1mm程度。最大1000億分の2ミリのずれができる。

ほんの少しのズレも許されないのでやはりこれも絶対的な数値とは言えず20世紀に入って最終的にたどり着いたのが光。

アインシュタインが提唱した相対性理論の「光は誰から見ても一定の速度で進む」という性質を使うのが間違いないという結論に。

そこで導き出されたのが2億9979万2458分の1秒。

1983年の制定なので割と最近。

結果として

1mの定義は

1mは2億9979万2458分の1秒の間に光が真空中を伝わる長さ!

あくまでも定義である。

 

 

9万2458分の1秒の間に光が真空中を伝わる長さ!

 

 

 

今日の練習 1キロ✖️4本

今日の練習は1キロインターバル4本

朝、10時15分スタート

3キロジョギングして開始、

コースは神崎川沿い道路で

3分38.39.33.26

ラストはマヂで走る

3キロジョギングして終了

 

走行距離13.4キロ

1キロ平均5分08